5回の転職をした私の転職理由と会社の選び方

私は今年で40歳になりましたが、これまでに5社経験、これから6社目に転職します。これまでの転職の理由と、会社の状況、会社の選び方について書いてみたいと思います。




1社目は大手都市銀行

大学で金融論を専攻していたことから、周りも全て銀行志望、念願かなって青い大手都市銀行に入行しました。氷河期だったので本当に嬉しかったです。お金を使って世の中を少しでも良くしたい!と純粋な(?)思いを持って仕事に取り組みました。

時はITバブル崩壊+中国勃興、大阪の支店で中小企業を担当していた私は景気が悪くなっていくことを日々実感、毎日資金繰り相談を受けていました。次第に銀行の対応も厳しくなり、融資課にいた私も融資の仕事はほぼなく貸し渋り貸し剥がしの毎日・・・「お前のせいで会社をたたむことになった」と言われることもしばしば。

とある担当企業様のclosingをする中で、世の中の邪魔しかしていない・・・と退職を決意若気の至りだったかなと思いますが、振り返るとそれでよかったと思います。大企業志向はとてもよく分かりますが、特にモノを扱っていない金融は自分を無くす必要がある程度あります。ここは覚悟して欲しいと思います。

2社目は外資系保険会社

銀行の先輩の誘いもあり、外資系保険会社に転職しました。「日系生保なんて敵じゃない、誰でも年収1000万円が目指せる、実力次第」この言葉に惹かれました。事実、これは真実で、商品力や収入は桁外れでした。20台中盤で一番多いときで月収300万円というときもありました。

しかし、基本給10万円の世界、毎月毎月新規契約をとらねば突然所得がゼロに近くなる生活。まさにジェットコースターでした。派手に暮らす月もあれば、昼ご飯を抜く月もあったりで、心も身体も疲れ果ててしまいました。

仕事には強烈なモチベーションが必要

もちろん、心身ともに強い人であれば勤まるのかもしれません。しかし、周りの同僚で10年続いた人は恐らく5%もいなかったと思います。私は覚悟が充分でないままに飛び込み、大きな衝撃を受け退職を決めました。ここで得られたことは、仕事には強烈なモチベーションが必要だと言うことです。

どんなことでも良いと思います、良い車に載りたい、早くretireしたい、など。強烈に思えば思うほど、もう一歩が出ます。私は物欲もなにもないなまにプロの世界に飛び込んだという状況で、全く付いていけませんでした。

給与と仕事の厳しさは比例する

また、もう一点、給与と仕事の厳しさは比例します。特にある程度高ければそれは一次方程式でなく、急にカーブがきつくなることがあると思います。この辺りは、入社前にその会社の方とよく話され、自分の持つモチベーションと充分に比較してもらいたいと思います。

3社目は上場日系メーカー

ここには15年いました。それまで営業一本だった自分のキャリアを見直し、事務にうつりました。全く未経験でしたが経理の仕事につくことができました。時は会計激動時代、時価会計に始まり、開示ルールの変更、上場ルール厳格化、内部統制、税制改正、そして国際会計基準・・・とルールが目覚しく変わったタイミングに身を置くことができ、あらゆることに携わることができました。

今振り返るとブラックだったと思いますが、月100時間を越える残業をとめどなく繰り返していました。しかし、全く苦でなく、毎日楽しく、やりがいに満ちていました。なぜでしょうか?常に自分がこの世界の先頭にいて、会社をリードしている、という実感があったからだと思います。承認されているということだったと思います。

海外駐在も経験し、充実した会社生活を過ごしました。しかし、残念ながら家族の問題で地元に帰ることとなりました。

モチベーションはお金やモノだけではない

ここで得たことは、モチベーションは決してお金やモノだけでないということです。自分が満ちたり、承認されている、これはかけがえのない喜びであり、達成感を得られます。給与は決して高くなかったですが、幸せでした。これは望んだ結果ではなく、毎日その日やるべきことをキッチリやっていく、その降り積もりの結果でした。

決して昇進したい、海外駐在したい、そのようなことは一切考えず、只管に目の前のことに取り組んでいました。そういう会社にめぐり合えたことは幸せだったと思いますし、結果として一番自分としても伸びました。

4社目は上場日系メーカー

地元の上場日系メーカーの経理担当として転職しました。しかし、結局長く続きませんでした。理由は、超オーナー企業体の文化についていけなかったためです。上場企業であるのに取締役会すらまともに行われず、社長がどうお考えか?それだけが社員が考えることでした。

つまり、社員自ら考えて行動するということは求められていませんでした。しかし、オーナー一族が非常に優秀で、素晴らしいビジネスモデルに支えられ、それ以上が求められていなかった、ある意味、非常に幸せな会社です。

しかし、それに満足できなかった、心に拒否反応が出てしまいました。決定的となったのは、業務フロー改善プロジェクトリーダーとなり変更をまとめ、担当役員に上程したところ、自分は必要だと思うが、社長は今別のことに注力されているから相談しにくい、だから暖めておこう、と言われたことでした。

このような人間にはなりたくないという思いが一気に溢れ、自由に自分の力を発揮できる会社がないかと考え転職活動をしました。

企業風土はきっちり理解すべき

ここで得られたことは、企業風土をキッチリ理解すべきだということです。つまり、「オーナー系企業」と言っても、いろんな種類があるということです。いうなれば、超オーナー企業、普通のオーナー企業という感じでしょうか。前者は楽ですが、自分が無くなってしまうかもしれません。この辺りは銀行に近い感じがしました。

5社目は外資系流通企業

4社目でくすぶっているときにこのオファーをもらいました。誰でも知っている急成長集の会社。まさか内定を得られるとは・・・でした。給与も1.5倍。仕事はきつそうでしたが、自分を出せるならばどんな形でもチャレンジする、自分をもう一度取り戻したいという強いモチベーションをもって入社しました。

仕事はやりがいがあり、また仲間にも恵まれました。しかし、退職することになりました。これは、一言にブラックだったからです。

入社6ヶ月で、同僚5人が退職

上司の言うことは絶対であり、上司はパワハラ祭り。鬱病を患い倒れていく仲間、そのたびに仕事量が増えていく毎日。気が付けば入社6ヶ月で、同僚5人が退職し、チーム最年長となりました。何とか続けるため、平日夜遅くまで、また土日も惜しんで仕事をしました。したというか、がむしゃらにしまくったというのが正しい表現です。

大きなプレッシャーやストレスを抱えたまま、危ない日々を過ごしていましたが、採用する人間がドンドンやめていく状況。このままなら気持ちはあっても身体がいくらあってももたないと悟りました。激烈な働き方、それ以上のプレッシャーでした。入社前に聞いていた上司の方も入社3ヶ月目でクビになり激動でした。

外資系企業にも種類がある

ここで得たことは、「外資系企業」と言っても、先ほどと同じく、超外資系企業、普通の外資系企業があるということです。超外資系企業の厳しさを肌で実感し、とても良い経験になりました。一度は働いてみる価値はあると思います。

6社目は、転職エージェントを使って転職

初めて転職エージェントを使いました。現職での経験やこれまでの経験などを評価頂き、あっという間に5社から内定を得ました。私が選んだのは、年収が最も低い会社でした。これから大きくなっていくビジネスを経営に近いポジションで見られるという、仕事の質から選択しました。
これを最後の転職として、この会社に残りの人生を捧げるつもりです。会社はその数だけ色んなパターンがあります。上記はそのうちのほんの一部ですが、何かのお役に立てば幸いです。

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