【広告代理事業】50歳にして再度の独立を果たす




50歳までに7度の転職体験

18歳の時から仕事をはじめ、49歳の時点で働いていた会社で7社目になります。
とはいえ、キャリアダウンをして転職をした経験は一度もなく、すべての転職で給与も役職も上げてきており、49歳の時に就業していた会社では上場会社の執行役員と同時に子会社の代表を兼任、給与も年収で1,200万円をとれるくらいまでになっていました。
すべての転職で給与についてもポジションについても妥協することなく会社と交渉を重ね、入社後は人の三倍努力をすることを心がけて働いてきました。
そんな私が、50歳を迎え敢えて今までのキャリアを捨てて独立することとしたのです。

独立を決意した背景とは

50歳となってあえてリスクを選び独立を選択した背景には3つの理由があります
1つ目は息子たちがそれぞれ、挑戦をする人生を選択して旅立っていく中で、私がこの先10年なんとなく働いて過ごして定年を迎えて人生を終えてよいのかということです。

2人の息子がそれぞれ春から自分の道をより険しい道に選択をして旅立っていきましたが、私だけ置いてけぼりになっているようなさみしい気持ちになったのです。
夢に向かってリスクを負って挑戦する息子の姿が無性に輝かしく見えたというのが衝撃的出来事として私の目の前で起こったのでした。

二番目にこのまま使われる身で人生を終えていいのかということでした。
もともと父親も自営業で横浜一帯の飲食店を相手に手広く商売をしていた父でした。
また、私も会社員でいながらライフワークで広告代理業みたいな仕事を細々とやっていました。
会社に入っても人の何倍も仕事をして努力してのし上がったのも「人に使われていることから脱出したい」ということが非常に大きな理由でもありました。
実際、いままで各会社では必ず子会社の取締役や代表取締役、グループの役員としてある一定の成果を出し、活躍してきたつもりでしたが、やはり事業家は株主には勝てないという決定的な資本主義社社会のおきてがあるのです。
オーナシップで会社経営をする自信もあった私はその区切りを50歳と決めて動いた次第でした。

そして3つ目の理由としては、本当に自分がやりたかった事業を自分の力でやれる環境が整ったことであります。
先にも書いた通り私にはワイフワークでやってきた広告の仕事がほかにあり、その取引先や長年お付き合いを頂いているクライアントがおりますが、その方たちが金銭的な部分以外のバックアップをしてくれる体制ができ、それが成功イメージが持てるものであったことが非常に大きな後押しとなったのです。
大きく取引をつないでいただけるような方や海外のクライアントを紹介頂けるような方まで出てきたことが、私の背中を大きく押してくれた一つの要因となったことは言うまでもありません。

現在メディア系の広告代理事業を立ち上げ中です

いままで、ビルメンテナンス業、屋外広告、インターネット広告、動画配信、移動体通信とそれぞれキャリアアップのたびに違う業態にチャレンジしてきました。
今回は自分自身でメディア系広告代理店としてスタートをさせてました。
クライアントは多岐にわたります。
芸能事務所、テレビ局、出版社、FMラジオ局、インターネットメディア事業会社などです。
お客様についても、大手から中小、上場から非上場会社まで、いままでお付き合いをしていただいた会社様が協力をしていただくことが多く、30数年間地道に仕事をしてお客様を大事にしてきたことがこの独立のタイミングで本当に生きてくるのです。
人のつながり、人脈というものに感謝する次第です。

収入については

サラリーマンであった時の最終年収が1200万強でしたので、当然初年度はそこまでとることはできないでしょう。
初年度の会社としての売り上げが現状見えているところで5,000万円で営業利益で1,500円、そこからせいぜい800万円ほどになることは覚悟の上で、今後の事業展開を踏まえて会社にキャッシュを残しつつ5か年計画で給与も上げていこうと思っています。

サラリーマン時代と転職(独立)で変わったこととは

サラリーマン時代というのは、とにかく外に出ればみな敵で仲間の社員も含めてライバルはすべて手段を選ばず叩きのめすというような心境で一瞬のすきもなく線上に出るようなつもりで毎日を出社していました。

今は心のどこかにゆとりを持ちつつ、人の三倍努力することは変わらず、自分の目指すべき目標に向かって頑張れている自分がなんとも心地よく精神的にも安定しているのです。
また、今までやってこなかった地域社会への協力を進んでするようにしております。
通勤時間という時間が存在していないので、とにかくその分変わる時間を世のため人のために尽くしていこうという気持ちになったのです。

ゴミ登板から始まり、子供たちの朝の誘導、秋祭りの役員や運動会の役員、駅伝の道路警備等々とできることをできる範囲の中でやろうという時間と心の余裕が生まれ慰安非常に充実感に浸っております。

これから、事業を伸ばすにあたって、いろいろとやらなけばならないことがたくさんあるのですが、この50歳の転職を絶対に最高の転職にするために、今まで以上の努力と同時に人を大切にする心を忘れずに取り組んでいきたいと思います。

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